2012年1月10日火曜日

105年と約2ヶ月の年月を生きること。

新年も10日目。
いろいろあって、いろいろ書きたいこともあるのだけれど
伝えたいこと一つ。

105年と約2ヶ月の年月を生きるということ。

だんだん記憶を失っていく。
だんだん生まれ変わる細胞が少なくなって、そしてとってもゆっくりと生まれ変わっていく。
ゆっくりゆっくりと終わりが来る準備を身体が自然に行っていく。
そして、その日がいずれやって来る。

病気や事故で突然その日が来て、人生が区切られるのではなく
自分自身で区切るわけでもなく
自分として生きて、ただその日が訪れるだけ。
そして、それをただ穏やかに受け入れていく。

穏やかに受け入れる準備は、自然に行われている。
自分自身の身体も心も、そしてその周りの人々も。

105歳のおばあちゃん。

小学校の頃、一緒にテニスをよくしました。
ジョギングとラジオ体操が毎朝の日課でした。
自転車も教わって早くに乗れるようになりました。
お味噌の大きなおにぎり、おやつでした。

師範学校を出て先生をやっていたおばあちゃんは
外で働く自分を随分応援してくれました。

会いにいったその日も
ホームのお昼ごはんを自分はいらないから食べなとすすめてくれて、
満面の笑みで来てくれたことを喜んでいました。

うれしいよ。ありがとうね。白い肌だね。手がすべすべだね。といって、握った手をぎゅっと頬につけました。

おばあちゃんの手はとっても小さくほっそりとしていて
ところどころアザがでていて、そして、とっても優しい感触でした。

この日が、この時間が、この瞬間が最後かもしれないなと思いながら
また会いにこようと思いました。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ありがとう♪
おばあちゃんもとってもよろこんでいると思います。
また、来てくださいね。

桂子 さんのコメント...

は〜い。
今回はなんだか涙が出ました。
いつもいろいろありがとう。

匿名 さんのコメント...

おばあちゃん。かわいい。
105歳。すごいね。
私の祖父は87歳でなくなったのだけど、生きていれば、一緒くらいの年齢だよ。
もっともっと、おじいちゃん自身の話を聞いておけばよかった。
なんて、いまさら思う。
なんだか、おじいちゃんは、おじいちゃんで、
一人の人としてどう生きたのか・・・みたいな向き合い方してなかったな・・・。とか。
今さらなんだけど。

桂子 さんのコメント...

かわいいでしょ。ありがとう。

家族って一人の人として意識するより、父、母、、、という関係というか関わりが強くなっちゃうよね。
87歳までお元気で生きた一人の人として、どんな人生だったのかを思うと、いろいろ思うところがあるよね。